電脳遊戯 第1話


帝都ペンドラゴン。
先帝シャルル・ジ・ブリタニアから帝位を簒奪した新皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが皇宮に居を構えてから既に1カ月が経過していた。
ルルーシュの行う強硬政策に反発する貴族の内乱が後を絶たず、スザクとジェレミアは連日内乱の制圧のため皇宮を離れていた。
いつもであればランスロットの機動力をフルに生かし、数時間で片付けて戻ってくるのだが、今回は場所が多かったため手間取ってしまい、スザクは2日ぶりに皇宮に戻って来た。
体は疲れているが、まずは報告をしなければ。
この時間であればルルーシュは謁見の前に居るはずだ。
謁見の間へと続く長い廊下を進んでいくと、警備にあたっているギアス兵の一人が声をかけてきた。

「枢木卿、どちらへ?」
「報告のため陛下の元へ」

それ以外何があるんだと思わず睨みつけながらいうと、兵士は一瞬顔をこわばらせた後、おどおどと口を開いた。

「陛下は謁見の間にはおられません」
「いない?では執務室か」

成程、親切にルルーシュが不在だと教えてくれたわけか。
心がささくれているせいか、そんな親切にも気づけない自分が情けなくなり、スザクは礼を言ってから執務室の方へ足を向けた。

「いえ、陛下は執務室にもおられません。枢木卿はご存じないのですか?陛下は先日から病に伏せっておられます」
「・・・病に?」

その言葉に、僕は思わず眉を寄せた。
今度はどんな策だ?
体調を壊したふりをして誰かを炙り出すのだろうか?
どの道、病というならいるのは自室か。
僕は礼を言うと、彼がいるであろう場所へ向かった。
宮殿の奥にある、最も厳重な警戒がなされている皇帝の私室。
警備の兵士達は一様に表情を暗くし、それでもスザクが視界に入れば、表情を改め頭を下げた。
相変わらず徹底している。
ギアスで操っているのだから情報を漏らす事などあり得ないのに、それでも身辺警護の兵にまで病を患っていると信じ込ませているのか。
確かに彼は貧弱だが、病に伏せる姿など今まで見たことも聞いた事もなかった。
子供の頃だって、あれだけの怪我をし、連日暇なく家事をこなし、ナナリーの介護をし、そのうえスザクと遊んでいたのだ。
肉体的にも精神的にも疲れ切っていたはずだが、風邪をひく事も無かった。
ゼロと学生の二重生活という多忙な中でも、体調管理は完ぺきだったのだろう、体を壊した様子は見られなかった。
見た目はもやしっ子だが、ルルーシュは想像以上に丈夫にできているのだ。
そのルルーシュが病?ありえない。
まあ、あの見た目だから、彼を知らない限りこの嘘を見破る事は難しいだろう。
スザクは皇帝の私室前で立ち止まると、その大きくて豪華なドアをノックし、返事を待たずに扉を開いた。

「陛下、失礼します」

開いた先は応接室に繋がっている。
そこには誰も居なかった。
皇帝の私室は広い。
寝室まではさらにいくつかの扉を通る必要があるのだ。
面倒な造りだなと思いながら次の扉に向かうと、物音に気にづいたのか、その扉が内側から開いた。
顔を出したのはセシルだった。
病を装う以上医者は必要。
その医者役にロイドとセシルは駆り出されているようだった。
ランスロットを格納庫に置いた時、二人の姿が見えなかったのはそのせいかと、スザクは一瞬嘆息しかけたが、ふと、違和感を感じ思わず息をのんだ。

「スザク君、おかえりなさい」

スザクの顔を確認し、笑顔で迎えてくれたセシルだったが、その顔は疲労で疲れきっていて、目の下には隈が出来ている。
化粧でも隠しきれないほどくっきりと浮いたそれは、セシルの疲労が演技ではない事を告げていた。

・・・まさか。

「ただいま戻りました、セシルさん。あの・・・」

今まで病という嘘に対し苛立っていた心が急激にしぼみ、反対に不安が心を占めた。
まさか、本当に病気なのか?

「疲れたでしょう?お腹、空いてない?」

セシルははぐらかす様にそう尋ねてきた。

「いえ、お腹は空いていません、あの・・・」
「朝、ちゃんと食べた?」
「え?いえ・・・」
「お昼は?」
「・・・食べてません」

予定より時間がかかってしまったため、食事の時間も惜しんで戻ってきたのだ。

「駄目じゃない。スザク君は成長期だし、何より騎士は肉体が資本なのよ?ちゃんと食べないと体が持たなくなるわ」

怒ったようにセシルは言ったが、疲労がにじみ出た顔に怒りが乗る事は無かった。
そう言えば、ルルーシュは驚くほど食が細かった。
学園にいた頃はそれなりに口にしているのを見たが、皇帝となってからは食べる暇も惜しいと、食事を御座なりにしていた。
サプリメントを流し込んで終了という日もあった。
そんな食事で体がもつはずがない。
だから、病気に!?

「セシルさん、僕の事より、ルルーシュは?」

感情をこめず、そう尋ねた。
風邪ぐらいならいい。
でももしかしたら、何か重大な病を体に抱えていた可能性もある。
そうだ、どうして頭から嘘だと決めつけたんだろう。
ルルーシュだって人間だ。病気になる可能性はあるじゃないか。
そう考えてからスザクは、自分がルルーシュの心配をしている事に気が付き、顔を顰めた。
・・・ゼロレクイエムが完遂するまで、倒れられたら困る。
だから心配しているんだ。
どうせ全てが終われば尽きる命。
それまで持つか心配なだけだ。
でなければユフィを殺したあいつの心配など。

「ルルーシュ様なら大丈夫よ。だからスザク君は一度部屋に戻って、食事をして休んで来て。夕食は私達もこの部屋で取っているから、夜、また来てくれるかしら?」

スザクの葛藤を察したのか、セシルは努めて明るい声でそう言うと、返事を待たずに寝室への扉を閉ざし、鍵をかけた。

2話